ありがとね

一週間振りの更新です
この一週間に我が家では大きな流れがありました
 
例年 季節の変わり目に体調を崩すじろうさんですが
8日から寝たきりになり11日の朝 虹の橋を渡っていったのです
  
脱水症状があり自宅で点滴をしていて 自力でトイレに行き食事も取れていたのですが
8日の昼頃から起き上がれなくなり それから70時間後に亡くなりました
今年3月5日にも突然の後ろ足マヒになり 介護生活の覚悟をしてましたが
頑張って復活してくれたじろうさんですが
もう今度はしんどかったんだね。 
でももう充分だよ。 えらかったね。
しろ子やぷぅさん、子供達と会ってる頃かな?
生後3ヶ月の事故からの前足の不自由さも後遺症の発作も 何度も頑張って乗り越えて
9月に17歳になったじろうさん。
そのじろうさんには ただただ「 ありがとね 」と感謝の言葉しかありません。
 
平成6年の秋 石川県能登半島のよろみ村で生まれたじろうさん
震災の時は 洗濯機の中に隠れていたじろうさん
同居のミントが生んだ5匹の子猫を 自分も子供のくせにお世話していたじろうさん
その年の秋 年上のしろ子ちゃんと結婚して5匹のお父さんになったじろうさん
母ちゃんが上川に落ち着けることになって 飛行機で来てくれたじろうさん
ここの寒さに適応して 見るみるうちに毛むくじゃらになっていったじろうさん
後遺症の発作を何度も何度も乗り越えてくれたじろうさん
父ちゃんが来てからは 父ちゃんの肩乗り猫と襟巻き猫になってたじろうさん
そして我が家で一番の人格者だったじろうさん
母ちゃんも父ちゃんも 毎年じろうさんに会う為に来てくれるKファミリーも 
じろうさんをとってもとっても尊敬していたんだよ
長い長い時を 一緒に歩いてくれてありがとう。
 
17年も一緒にいると それはもうそのまま自分の歴史そのもの。
今となっては
阪神大震災を一緒に経験して 実家にいた20代からの私を知っている唯一の存在だったじろうさん
なんだか…時の流れを感じるというか
私の中の一つの時代が終わってしまったようなというか
不思議な感覚の毎日を過ごしていました 
 
最近6年間のじろうさんの想い出です
長くなってしまいますが これは私とじろうさんとの対話のような時間なので勘弁してください。

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かばんを出すと必ず入りたがるじろさん(笑) 実家へ帰る準備をしていたら「一緒に行く〜」って言ってた
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じろさんの秘蔵っ子のぷぅさん。
じろさんが6ヶ月の時に生まれたぷぅさんをずっとかわいがってたよね
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眠るのも、水を飲むのも ずーっと一緒♡
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これはぷぅさんが口内炎のため 抜歯をして入院する日の朝
入院が大嫌いなぷぅさんをなだめていたのか 30分くらいずっと抱きしめて舐めまわしてた
見ているこっちが泣きたくなるほどいじらしい光景で 終わるまでずっと待ってたら病院への時間に遅刻したっけ
じろうさんには 相手の寂しい気持ちとか不安とかを読み取ってくれるようなところがあって
関西から飛行機でくるときも ケージで不安になって泣き続ける栗ちゃんをずっと舐めてあげてたってお姉が言ってたね 
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一昨年ぷぅさんが亡くなってからは父ちゃん母ちゃんにべったりさんになって
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特に父ちゃんの肩に乗るのが大好きで
眠る時は父ちゃんの首の上に襟巻きのようになって寝るから 
冬は暖かくていいけど 夏は暑い!と文句言われてた(笑)
でもじろうさんが快適に暮らせているか いつも一番に気にかけてくれてたのも父ちゃんだ
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荷物が届くたびに 空の段ボールにちょこんと入って「 誰か僕を拾って下さい。」と捨て猫ごっこするのも
家の周りを散歩するのも大好きだった
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まっきぃ爺さんとも仲良くなっていったじろうさん
ストーブ前のお気に入りのベッドをとられてもすぐ許してしまう度量の持ち主だよね
虹の向こうでまっきぃはどうしてる?   会えたかい?
 
も少し続きます。。。